愛山の講談私小説シリーズ アル中の種(6)

 

アル中の種

 

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 夏の終わりが近づいた。
 母親は停留所でバスを待っているわたしを四階建ての社宅の屋上から見送
っていた。距離はあるが、視界を遮る建物はない。わたしはバス停に立った
瞬間から、母親に気づいていた。母親が心配するのも無理はない。
 夏休みの直前、わたしは大学に休学願いを提出した。どうしても将来を決
められずにノイローゼとなり、わたしは時間を凍結させたかった。そして時
間の氷解と共に、わたしの人生も自然に動き出すと思った。
 しかし母親の心配はそればかりではない。
 わたしはたった今ー大学などに入らなければよかった。速記学校に通っ
て就職に備えておけばよかったーという書き置きを残してきたのだ。わた
しは父親の影響で速記を勉強したことがあった。が、本気で速記で身を立て
ようとしたわけではない。
 わたしはこの一文を読んだ父親が、わたしの本意を問い質してくれると思
った。そしてわたしの進むべき道を選択してくれると期待した。
 しかし父親はわたしの後を追ってこなかった。わたしは振り上げた拳の置
き場がない感じで、このまま川崎へ帰ったところで何もすることはない。
 バスがきた。
 おれはこのバスに乗って何処へいくのか……。
 わたしは他人事のように考えた。
 そして下宿の階段を上がってくる野良猫のことを思い出した。
 そうだ、あの猫に餌をやる仕事が待っている……。
 わたしはバスのタラップを踏んだ。
 母親の姿が視界をかすめた。
 まだわたしを見送っている……。
 …………
 …………

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