愛山の講談私小説シリーズ 家庭菜園(3)

 

家庭菜園

 

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蠅が飛んできた。
 マンションの一階にあるお江戸下町亭は展覧会を中心にした多目的ホールだ
った。それを演芸好きのオーナーが寄席に改築をした。だからどうしても造り
に無理がある。客席中央に柱があり、楽屋から高座までの通路も急ごしらえだ
った。駅からは近いが、首都圏から外れていて、顔を見せない客のほとんどが、
このことを理由にした。
 しかし山手線内に会場を移せば、また違うことを理由にして、彼らは足を運
ばない。講釈師と客の殺気立つような関係だった。
 今日の講談互助会はわたしのトリ席で、他の真打は甥弟子の陽平が一人。あ
との出方は女流だけだった。二つ目の山百合に小吉。前座は小とり。落語の風
流亭まん丸が、かつてわたしにいったことがある。
『あれですよね、兄(あに)さん、女流が二つ目になった途端に、客が向こう
から寄ってくるでしょう。そこにいくと男はだらしがない。こっちから向かっ
ていっても、客は逃げちゃうし、いくらヨイショしても、それが必ず仕事につ
ながるとは限らないんだから』
 その通りだった。女流講釈師に喰いっぱぐれはない。前座から二つ目までの
四、五年を辛抱すればいい。伝統芸の講談から「女流講談」という新ジャンル
が生まれてから久しい。
 彼女たちのほとんどは新劇の出身で、講釈師が講談を演じているのではなく、
講釈師の役をあてがわれた女優が講談を演じている……。そんな芸風だった。
しかしその微妙な違いを理解する客は限られているし、ここまで世間が認知し
て、しかも彼女たちしか聴かない客にとっては、女流講釈師の語りこそが講談
だった。伝統を受け継ぐ本格派の女流は数少ない。
『彼女たちに庇を貸して母屋をとられたってやつかな』
『いやいや、まだ大丈夫ですよ。母屋を渡しちゃいけません』
 しかし母屋明け渡しは時間の問題だと思っていた。男性の骨格美といわれて
きた講談が、やがては女流だけのものになる。このままいけば間違いなく男性
講釈師は姿を消す。それが時の流れなのだ。だがそう簡単にバトンは渡さない。
それがわたしの意地だった。

 ーそれにしても高座に蠅が飛んでくるとは思わなかった。
 わたしの読み物は「母の最期」。昨夏他界した母親を題材にした新作で、母
親の亡骸に蠅がたかっているような、妙な幻想に囚われた。しかも二匹並んで
飛んでいる。客は四人。一瞬のうちに今日の赤字金額が頭に浮かんだ。力をい
れて創作した題材を演じていればこそ、この状況に虚しさがつきまとい、その
虚しさで、蠅の存在が気にならなくなった……。

「バカ野郎。あの幕の締め方はなんだ。部屋のカーテンを閉めるんだって、も
っとゆっくりやるだろう」
 楽屋に戻ると、わたしは着物を脱ぎ捨て、小とりを怒鳴りつけた。六畳の座
敷と流し台付の洋間。都内の寄席の中でも広い楽屋だろう。小とりは、わたし
の一席が終わると、すこしも余韻を残さず、一気に幕を閉めた。あまりにも無
神経だ。
「あっ、はい……」
「あっ、はいじゃない。どうしてまず先に詫びないんだ。もっと講談(はなし)
にデリカシーをもてよ」
「あっ、はい……」
 こういう前座が多くなった。しかしこれ以上はいえなかった。楽屋は人手不
足で、この小とりは赤松山水の弟子。講談組合から借りてきた前座だった。東
京の講談界は講談連盟と講談組合の二派に別れているが、とても講談では喰え
ないからやむをえずアルバイトをしているわけではなく、他に職業をもち、そ
の片手間に楽屋修行に励む兼業前座が大半だった。
 小とりはフリーター上がりで、今もその仕事は続けているが、年齢も二十代
半ばと若く、まだ兼業の連中よりは見込みがある……。わたしはそう思って使
っていた。
「頼むぞ、おい。しっかりやってくれよ」
「あっ、はい……」
 他のメンバーも、誰一人として、わたしが処理している雑務を手伝おうとは
しない。わたしが命じなければ動かない。
「お待たせいたしました」
 ようやく小とりが着物を畳み終えた。
 しかし座敷に座ったままで、今度はわたしに茶を出すのを忘れている。
「……勘弁してくれよ、おい」
 わたしは思わずつぶやいた。誰に許しを乞うたのだろう……。   

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