愛山の講談私小説シリーズ 家庭菜園(5)

 

家庭菜園

 

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 会館の外では数人の会員が携帯灰皿を片手に煙草を吸っていた。公共の施設
が全館禁煙となって久しい。煙草を吸わない都知事の方針ではないかと聞いて
いた。通行人たちがイヤな顔をしている。まるで狼煙(のろし)が上がってい
るようだ。
 一階が座敷で二階が会議室の古い建物は、都内有数の高級住宅地として知ら
れる街にはふさわしくなかった。わたしは土間でスリッパに履き替えると、二
階に上がった。階段がきしみ、その音が気恥ずかしくなるくらいに、よく響い
た。今夜の出席者は二十人ほどだった。
「ねえ、どうしたの?メガネ掛けてないけど、なくしちゃったのかい。壊しち
ゃったのかい。ねえ、どうしたの?」
 コの字形に並べられたテーブルの筋向かいの席から、その男は執拗に尋ねて
きた。近視と乱視に加えての老眼が進み、メガネの度がまったくあわなくなっ
てしまった。メガネを掛けていないほうが、まだ楽だ。目先だけ見えていれば
いい。だから初めての場所に出かけるとき以外は、メガネをはずしているほう
が多くなった。
 その事情を説明しても、男は薄笑いを浮かべるだけで、わたしの話を聞こう
とはしなかった。茶をすすり、飴をしゃぶると、受付けに現れた会員に大声で
話しかけた。飲酒に走り、再入会した会員だった。
「よくいらっしゃいました。お待ちしてましたよ」
 声をかけられた会員は無言だが、同行している妻が照れ笑いを浮かべて会釈
をした……。

 アルコール依存症に冒された患者と家族で構成される断酒会は毎夜会合が開
かれる。お互いがお互いの体験談を語りあい、断酒継続を図る。医療行政機関
は断酒会につなげる窓口と考えたほうがわかりやすい。入院中は押しつけられ
た禁酒であり、社会復帰してからが自分の意志での断酒となる。そのアルコー
ル依存症者を救う自助組織として断酒会の役目はある。本来ならば酒を飲んで
いる時間帯に断酒会に通い、悪酒を飲んでいた過去と、酒を飲んでいない現在
を語る。
 わたしも断酒会にすがり、酒を断ち、何とか芸人稼業を続けているが、精神
的幼児で未成熟な新入会員を受け入れるためにも、断酒会に組織としての成熟
はない。成熟した場所に未成熟な者が顔を出せば、その瞬間に拒絶反応をおこ
す。そして二度と姿を見せない。専門病院にアルコール依存症患者が足を運ぶ
のは、そこが医療機関という権威であるからで、自助組織に権威をもたせては、
酒がきれただけで、自己中心的な性格そのままの新入会員はたちまち反発をす
る。
 だから断酒会は成熟しないし、成熟させてはならない。あくまでもたった今
酒を断ちたいと訪ねてきた者に視点をあわせるー。
 だが完全に酒を断ち、さすがに十年を経れば、断酒会で学ぶものはなくなり、
あとは社会での応用が問題となる。断酒会に卒業はないといわれるが、アルコ
ール依存症患者の断酒に卒業はなくても、断酒会に卒業はある。会は成熟しな
くとも、個の会員は成熟する。成熟したら成熟した場で学ばなければ、また腐
ってしまう。大学生は幼稚園には通わない……。
 わたしはかつて独演会で企画した「公開アル中対談」で、矢吹という若手の
精神科医に尋ねてみたことがある。
『先生、アルコール依存症者の最高の回復を定義してください』
『それは断酒会さえ必要としなくなった状態です』
 ーしかしわたしはすでに二十年以上在籍していた。
 矢吹は『しかし理屈ではそうなりましても、それは非常に怖いことですから、
医者としてはおすすめできません』と言葉を続けたが、わたしはどうしても断
酒会を離れることができない。
 わたしにメガネのことを問うてきた男は断酒歴三十年になるが、この陽吉は
酒を飲んだのだ、それに間違いない、そして転んだか喧嘩でもしたのだろう、
そのときにメガネをなくしたか壊したのだと、下司の勘ぐりをしている。そう
いうことが、その口調と、目つきでわかる。
 そしてこの男を許してやることができずに、腹を立てるわたしも未成熟な男
だった。目クソが鼻クソを笑っているにすぎない……。

「ねえ、吉瓶兄さん、陽吉兄さんはねえ……」
 桃子の声で、わたしは我にかえった。講談連盟の春の理事会。昨夜の断酒会
での出来事が脳裏をよぎり、理事会のことなどは上の空だった。西武新宿駅近
くにあるビルの一室。新宿講談会と銘打った一日興行は一階の貸ホールで開か
れるが、まだ昼席開場前の楽屋での理事会だった。前座は茶を出したあと、理
事会が終わるまで座をはずしており、このあとは総会となる。
 桃子は吉瓶に、わたしが携帯電話を使い、カラオケを始めて半年になると告
げていた。たしかにわたしは知人にメールを送りまくっている。五十路の独り
者の独白で、就寝前に読み返すことが日記代わりになった。
「ほう。陽吉がカラオケをな。何を歌う?」
「春日八郎をぶちかまします」
「春日先生の、あの高音が、陽吉に出るのかな」
 吉瓶の言葉は本気か洒落かわからない。しかし多分本気なのだろう。中島み
ゆきの歌を歌った女流前座に『それは前座の歌う歌ではない』と小言をいった
のは有名な話だ。わたしは返事に困った。
 ……カラオケで歌ったあとには高揚感が生まれる。脳内の分泌物の影響なの
だろうが、すくなくとも神経科を受診し、抗鬱剤をもらうよりは安上がりだ。
わたしは酒を飲む代わりにカラオケで歌い、日常の鬱を処理している……。

「おれはもう会長を辞退する。あとは陽吉にゆずりたい」
 理事会が始まり、役員改選にともなう議事の第一声で、吉瓶はいった。理事
は七人で、わたしと吉瓶以外は女流だった。室内に緊張が走ったー。
 ……この兄弟子は女流理事への対応で、心身共に疲れきってしまったのだろ
う。わたしは瞬時にそう思った。講談連盟は兄弟(妹)弟子だけで運営すると
いう希有な組織で、総帥の二代目品川陽山が生きていた頃は、すべて二代目の
一存で決まり、多少のひび割れはあっても、一枚岩の一門だった。それが徒弟
制度であり、独裁政権は伝統芸を守る必要悪のはずだった。
 楽屋入り当初はセミプロ扱いで、まともな前座修行をつんでいない彼女たち
の存在が許されたのも、ひとえに二代目の力だった。現在の講談界は講談連盟
と講談組合に二分されているが、分裂の根源は、このときの未処理問題が未だ
に尾をひいているからだ。
 だが二代目が亡くなると、二代目に甘え、二代目の庇護の下で生きてきた彼
女たちのエゴイズムは浮遊し、わたしや吉瓶を標的にした。兄弟子を兄弟子と
も思わない言動を吐く。
 しかし二代目が残した組織は守らなければならない。わたしと吉瓶が匙を投
げれば講談連盟は間違いなく崩壊をする。講談組合との合同も考えられるが、
講談界がまとまれば、自分たちの意見はとても通らないと、彼女たちもそこは
心得ていて、わたしや吉瓶に致命的な喧嘩は仕掛けてこない。マスコミの中で
動き、売れただけに、たしかに世渡りにはたけているし、多くの客をつかんで
もいる。
 吉瓶は、これら女流理事との虚々実々の駆け引きに疲労困憊したのだ。わた
しには痛いほど、よくわかった。兄弟子でさえギブアップした会長職は、とて
もわたしにはつとまらない。わたしは固辞した。
 と……肩先まではおずおずと、それから先は一気に、桃子が手を上げた。会
長に立候補したのだ。立候補者が出れば即決だ。副会長は緑が選任され、ここ
に女流だけの政権が誕生したー。
 女流講釈師の育成に情熱をそそぎ続けた泉下の二代目は満足しているのか。
それともそこまでやることはないと思っているのか……。
 だがもう歯止めはかからない。組織運営上での、男性講釈師の出番は完全に
なくなった。会員数の上でも三分の二は女流なのだ。こういう時代になるとは
夢にも思っていなかったー。
 吉瓶は相談役に、わたしは副会長から常任理事への降格人事となったが、も
はや理事会に出席する意志は、わたしにはない。
 理事会も終わりにちかづき、桃子が新会長としての抱負を語り始めた。
 わたしは目を閉じた。
 女流前座のお化粧はどこまで許すの、という声が聞こえてきた。
 いくら高座数を確保するためとはいえ、この講談連盟が本当におれの居場所
なのだろうか……。
 わたしは急に部屋探しが気になり始めた。七月末日までには転居だ。あと四
か月しか日にちはない……。

 翌月、わたしが家賃を持参すると、大家夫人がいった。
「来年の五月まではお住まいになっていらしてよろしいですよ。ウチもまだ壊
したあとどうするかを決めかねていますので……。ただ来年五月までと、あと
で一筆入れてくださいね」
 また寿命が一年延びた。 

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