新松田で目が覚めた。神経が生怠い。冷房は効いているというのに、体が火
照り、嘔吐感がある。乗車して三、四十分。睡眠とはいえない。腕を組み、身
を縮めて、意識を殻に籠らせていた。故郷へ帰る時の儀式で、昨夜は偏頭痛が
あった。
電車は時間待ちをしているようだ。窓外に見える景色は重苦しい鼠色に染ま
り、梅雨時特有の欝陶しい雨になっていた。外を歩くと湿った空気が皮膚に粘
りつく。台風も接近している。
「最近の台風は早くくるな」
二人分の座席を独占し、缶ビールを片手にした男が携帯電話で話している。
三十前後か、失業中なのかもしれない。生気がなく、無精髭を生やし、平日の
夕方近くにラフな格好をしている。車内はガラガラだった。
……わたしはアルコール依存症の烙印を押されて故郷へ強制送還された過去
をもつ。謹慎一年、通院治療と断酒会のおかげで、講談界への復帰はかなった
ものの、酒に溺れた無名の講釈師に仕事などあろうはずがなく、生活が成り立
つかどうかもわからない。小田急線を小田原から東海道線に乗り換えれば故郷
まで安く帰れる。二十年前、わたしが小田急沿線にアパートを借りたのは、こ
れだけの理由だった。その頃は廃業を覚悟していた……。
県庁所在市との合併で、わたしの故郷はS市となった。不動産屋の事務員は
『保証人の親御さんが転居なさったわけではありませんから、改めての印鑑証
明はいりません』と言った。更新ごとに手続きの説明が違う初老の女だった。
わたしのバッグにはアパートの契約更新書類が入っている。二年に一度のこの
時期に無理にでも帰らなければ、故郷は生涯無縁の土地となる。
ーしかし今回は事情が違った。
正月に弟夫婦から届いた年賀状には、三才になった甥の写真の横に義妹の筆
跡で、お父さんお母さんに会いに来てください、と書かれてあり、糖尿病から
くる内臓疾患で、この二年の間に母親が二度も長期入院をして手引き歩行しか
できなくなってしまったことは承知していたが、わたしは義妹の願いに切羽詰
まるものを感じた。
だがわたしはすぐに帰省しなかった。
六月のアパートの契約更新まで待った。
わたしには物心ついた時からの罪の意識があり、わたし一人だけが黙殺され
ているようで、どうしても家に馴染めなかった。父親はわたしに迷惑をかけら
れたくないから、自分に迷惑をかけないように、わたしを育てた。わたしのこ
とを思って、わたしを育てたわけではない。自分の保身に気を配り、わたしを
育てた。父親はたえずそういう雰囲気を漂わせていた。そしてその雰囲気を感
じとれるのは、わたし一人だった。
……父親がわたしに、狭いところで野球をしてはいけない、と注意する。し
かしそれはわたしに公衆道徳を教えたわけではなく、ボールが飛んで窓ガラス
を割れば、父親が弁償しなければならない。父親はそのことを恐れた。自分に
さえ被害がおよばなければ、父親はわたしに無関心だった……。
わたしがその謎を解いたのは数年前のことで、楽屋で前座に小言を言いなが
ら、おれはけっしてこの男の将来を思っているわけではない。ただおれが不快
な目にあわされた鬱憤晴らしをしているにすぎない、と気づいた瞬間だった。
わたしは永い間父親の真意を読み取ることができなかった。わたしは父親に
甘えられず、父親もわたしに打ち溶けてこなかった。わたしは父親にほめられ
たことがない。
父親は酒も煙草も嗜まず無口で几帳面で、その神経質な性格は病的だった。
友人も少なく、世の中に対して卑屈と思えるほどおとなしかった。蚊の泣くよ
うな自己主張しかしなかった。そしてわたしもいつのまにか何を考えているの
かわからない男といわれるようになった。わたしは父親の性癖をすべて受け継
いでしまったのだ。
十年前、わたしが弟夫婦の結婚披露宴の司会をつとめた時に、父親は余興で
「名月赤城山」を歌った。緊張のあまり手と両膝を震わせながら、司会席のわ
たしの隣で一世一代のパフォーマンスを演じていた。弟も苦笑いを浮かべてい
る。わたしが家族の温かさを感じた一瞬だった。
しかしわたしと父親の確執は厄介だった。理屈では割り切れても感情がつい
てこない。家を刑務所のように感じていた子供の頃にもどってしまう。故郷へ
帰る時のわたしはいつも萎れている。まして今度は母親の病状が心配だ。
ーわたしは気を変える必要があった。
小田原で東海道線普通電車に乗り換えたのをきっかけに、わたしはネタをさ
らい始めた。頭の中でストーリーを追う。
故郷で二泊した後、わたしはお江戸上野広小路亭に直行する。夜席の独演会
があるからだ。ゲストを呼ぶ金はない。前座四人に三十分ずつ演じさせる。ふ
だんは黒子に徹する前座を表舞台に出す企画で、わたしも仲入り後に二席演ず
る。
S駅までに稽古を終えた……。
すっかり駅は変わっていた。市の合併に照準を合わせての改築に間違いない。
二年前には工事も始まっていなかった。高架式で、広々としたロビーには大き
な窓が並んでいる。空間が売り物なのだろう。港湾口もあり、港町として世に
知られている。
「久しぶり。駅がこうなってから初めてか?」
改札口を抜けると、岩佐に声をかけられた。高校時代の同級生で剣道部に所
属していたが、髪の毛が薄いのはその頃からだ。わたしも頭頂部が薄くなった。
おまけに白髪が多い。父親と同じだ。
「白髪の奴は禿げないっていうけどな」
岩佐が笑った。商談の帰りだという。同じ電車に乗っていた。岩佐は家業を
継いでいる。わたしは母親のことを告げた。
「そりゃもうお互いしょうがねえよ。おれたちが大学に入った時の親と同じ年
になっちゃったんだぜ。おれんところのお袋も体は丈夫なんだけど頭がボケち
ゃってさ。だから旅行に行けねえんだ。火が心配でさ……。そういえば谷のお
ふくろさんがこの間死んだよ。これであいつはふた親とも亡くしたことになる」
「……」
「で、いつまでいるんだ……?なんだ土曜日に帰るのか。せわしねえな。今度
来る時には前もって知らせてくれ。みんなに声をかけておくからさ。どこかで
飯でも喰おう。五十路会でも作ろうじゃねえか」
エスカレーターを降り、岩佐と別れると、わたしはバスに乗った。日が暮れ
てきたというのに、駅前商店街には活気がなかった。活気がなくなったから合
併したのかもしれない。地元Jリーグチームを応援しましょうという車内アナ
ウンスが流れた。抑揚のない女の声だった。
「どうせすぐに解散さ」
乗客の老人がつぶやいた。
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