愛山の講談私小説シリーズ 母の最期(14)

 

母の最期

 

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蒸し暑い一日で、山の中腹にある火葬場には次々と仏が運ばれてくる。職員
たちは機械的に作業を進めた。一様にウダツのあがらない風采で、生気がなく、
隣接した食堂の女子従業員も無愛想だった。
 ーお袋に代わって、手前たちを焼いてやろうか。
 わたしは侠客伝の啖呵をきりたいのを我慢した。
 通夜に比べて告別式のほうの会葬人は半減したが、小崎夫妻をはじめとして
町会の人たちが火葬場まで付き合ってくれた。マイクロバスで再び斎場まで戻
る途中、叔母が「一高ちゃん、お坊さんが五人も来てお経をあげてくれるなん
て、姉さんは幸せだよ」と骨箱を手にしたわたしに話しかけてきた。
「そうじゃないんだよ、叔母さん。五人も呼びたくなかったけどさ。あれが土
地のしきたりだといわれれば仕方がなかったんだ」
「そうだろうね。驚いたよ。今はお寺をもてないお坊さんが多いというからセ
ットでまわってるんだろうね」
「まったく腹が立つけど喧嘩したって始まらない。たしかイギリスじゃ棺はベ
ニヤ板で、三十万くらいで葬式をすませちゃうって話を聞いたことあるけど、
でもやはりその場に出くわすと……半分は世間体だけど……あまりみっともな
い真似はしたくないって思いますよ。だからおふくろの祭壇も最初考えていた
最低の物から、すこし上にしたんです。パンフレットを見ていると、どうして
もそんな気持ちになっちゃうんです」
「でも墓地を買っておいてよかったじゃない」
 父親は長男だから、本来ならば北関東の墓を守らなければならない。しかし
この土地に移り、義弟に権利を譲った。地元に新しい墓地を買ったのは
数年前で、わたしはまだ訪れたことがない。
「四十九日までには仏壇を揃えなきゃいけないし、石塔も立っていませんから、
納骨はまだまだ先の話」
「いいさ。ゆっくりやりゃいいさ」
 道の途中で、マイクロバスが止まった。
 甥が小用を足しに弟と降りた……。

 僧侶が清めの席で戒名の由来を説明した。
 そして「トシさんは名取りにならないかといわれたくらいに踊りがお上手だ
ったそうでございまして、また辞書を片手に日記をつけておられましたのは漢
字を覚えたいからというご一心からだったそうでございます」と言った。
 無学だった母親が漢字を覚えようとしていたー。
 衝撃が走った。意識が固まった。
 母親が日記をつけていたことは承知していたが、それはあくまでもボケ封じ
のためだと思っていた。父親が僧侶に語った逸話なのだろう。わたしの知らな
い母親が、そこにいた。
 そして、そんなことはどうでもいいから、わからない字があったら父さんに
聞けばいいから、おれが帰ったら「お帰り」と言ってくれ、「来たんか」と言
ってくれ、そういう言葉は母親がいちばんよく似合うんだから……と思った。

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