アパートの契約更新書類はできていた。父親は一行で収まるはずの保証人住
所を大きな字で二段に分けて書いていた。角張った字で、筆圧が強い。
「郵便番号が七桁になっただから、本当は県名はいらないだよ。それに手が震
えるから年々こういうものが面倒になってくる」
わたしのための義務を終えると必ずこうした一言がつく。すべてが予想通り
だ。しかしこの震える手で父親は糖尿病治療のためのインシュリン注射を母親
に打ち続けてきた。
「あの女の人の籍を入れただか?」
わたしには二階堂安江という同居人がいた。アルコール依存症に冒されたフ
リーライターで取材を口実にわたしに接近してきた。アパート入居の際に同棲
と説明したにもかかわらず、不動産屋の事務の女は妻として安江を書類に記載
していた。父親は四回目の更新で初めてそのことに気がついたのだ。八年前に
二人暮らしを始めたことだけは話してあった。
「籍なんて入れないよ。今は一緒に住んでいないから……。もう六年半になる
よ」
「……」
父親は理由を訊いてこなかった。不快なことがあると会話中でも電話を切っ
てしまう。わたしも応えたくはない。
『品川陽吉という講釈師は他人とは一緒に住めない人です』
安江が残した言葉がすべてだった。
台所は狭い。わたし用の部屋で、卓袱台を囲み、母親ぬきの夕食となった。
猫背の父親は目を上げない。俯いたままの食事はわたしも同じだ。宅配のおか
ずを頼んでいると義妹が言った。子供を保育園に送った後パートで働いている。
その甥の保育園の制服が掛けてあった。
「お食事はどうなさっていらっしゃるんですか?」
義妹が尋ねてきた。
「ご飯を炊いて、みそ汁をつくり、魚を焼くことくらいはできるから……。そ
れに今はスーパーで単身者用のお総菜も売っているし」
「ああそう」
納得したのは弟のほうだった。そして「帰る時に靴を持っていきなよ」と付
け加えた。わたしのスニーカーを見るに見かねたのかもしれない。近所の仕入
れセンターの安売りで仕入れた物で、先に空いた穴を縫って履いていた。
食事中も騒がしい甥のヤンチャは弟譲りで「ものには順番というのがあるん
だからね」と義妹に「今までは可愛い可愛いできたけど、これからはそうはい
かないんだよ」と弟に言われている。派手な室内着だ。
「お母さんは人工透析の心配もあるそうです」
食事を終えると、義妹が意を決したように言った。そして「この話はしてお
いたほうがいいでしょう」と、弟の同意を得た。弟が目でうなずいた。
「まあ期待せずに、落胆せずにやるしかないよ」
空咳をして、わたしは応えた。空咳は緊張している時の癖だ。高座前も激し
くなる。そして、とにかくこの緊張感から抜け出したい、と思った。
父親が塗絵を始めた甥に「ショウ君、線からはみだして塗っちゃダメだよ」
と注意した。そんなに子供を縛りつけるんじゃないー。わたしは腹の中で怒
鳴った。甥を、わたしの二の舞いにしたくはなかった……。
夜が深い。
両親の部屋の柱時計がひとつ鳴った。
神経に響く。
急造した手作りの母親用のベッドに、今は父親が眠っている。器用な父親で、
祖父は大工だったと聞かされている。座敷や廊下の数か所に手すりがあるのは、
母親が手引き歩行をしていた時の名残だ。
東京では夜光虫のような暮らしでも、故郷では一般の生活リズムにあわせる
必要がある。十時に床に就いたものの、長男として、このまま母親を父親と弟
夫婦にまかせきりでいいのか、ウチは間違いなく介護家庭になる、入院費はど
うする……と、さまざまな思いに責め立てられた。
しかし貯金はないし、国民年金も滞納。住民税の支払いも怪しくなっている。
月々の家賃を払うのが精一杯の生活で、故郷への土産も持参できない。激しい
焦りが生じた。
だがこんな現状を父親や弟夫婦に語れるわけがない。おまけに肉体的にも疲
れやすく、歩くことも億劫だ。食欲もめっきり減った。高座中に声が出なくな
ったこともあり、検査を受ければ即入院となるのは間違いないだろう。
柱時計の音を四回聞いた後、さすがにまどろみ始めた……。
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