愛山の講談私小説シリーズ 母の最期(4)

 

母の最期

 

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 数時間しか寝ていない朝は辛い。胃の不快感は神経からだ。
「おじいちゃん、行ってきます」
 甥の声で目が覚めた。わたしは床を這い出し、保育園に出かける甥に挨拶を
した。顎紐を結んだ帽子姿を写真におさめ、東京へ持ち帰りたいと思った。甥
は怪訝な顔をしながらも「行ってきます」と、わたしに言った。
 これでいい。
 わたしは痛感した。これからは弟夫婦が主役となり、この甥が、この家を続
けてくれる。わたしは相変わらず明日が読めない。死の誘惑が断ち切れない。
 義妹は仕事に出る前に朝食の支度をしてくれた。わたしは彼女に余分な仕事
を増やしてしまった。これからは頻繁に帰郷する可能性が高い。
「これからはパンと牛乳だけでいいから」
 わたしは詫びた。

 ーわたしと父親の二人だけになった。
 家の中が重苦しい沈黙に包まれた。
 父親と同じ空間を共有することに、わたしは耐えられない。
 父親は午前中に腰痛の治療をすませた後、病院へ行くという。わたしも同行
することにした。母親には食事の介助がいる。朝食は出勤前の弟が、夜食は義
妹が付き添う。
 どんよりとした空だが、雨はあがっている。嵐の前の静けさだ。わたしは久
しぶりに父親と外出した。義妹の自転車を借りた。父親は律義に自転車をこぎ、
小さな坂にかかると自転車を転がして歩いた。病院までの道順も決めているは
ずだ。その道を違えるような父親ではない。真っ直ぐ進み、信号を左に曲がり、
また真っ直ぐ進む。自転車で十分足らず。わたしの関節は痛み、すでに汗が吹
き出している。十二時五分すぎに院内へ入った。配膳が終わった瞬間に病室へ
顔を出すように計算された時間だ。わたしの存在など忘れているかのように、
父親はさっさと前を歩く。右足を引きずっている。
 病室へ入り、無言で母親の左側に立った父親はぶっきらぼうに「金目鯛だ」
とメニューを読み上げながら、母親の口に箸を運ぶ。わたしは父親の背中越し
に母親を見た。五十年以上連れ添った夫婦の姿が浮き上がった。
 そしてその瞬間、このまま昔にもどろうー。唐突に思った。社宅のアパー
トに家族が一緒にいて……、その中に義妹とショウ君を入れて……、とにかく
あの頃にもどろうー。
 わたしは唾を飲み込んだ。今まで父親を憎むことで抑圧していたある意識が
突然弾け飛び、わたしに実感として伝わってきた。
 ……母親はだいぶ食事を残した。残らず平らげている他の患者たちが羨まし
かった。
「これじゃしょうがないじゃん」
 父親はため息をつくと、母親に薬を飲ませ、入れ歯を洗いに病室を出た。わ
たしは母親が入れ歯であることを初めて知った。
「明日も来るんか」
 母親が思い出したようにわたしに言った。
「うん。昼間……」
「仕事は大丈夫かい」
「ああ……、心配しなくていいから」
「台風がきてるんだってね」
「うん。でもこの中なら安心だよ」
「母さんはこんなになっちゃって……。おまえも糖尿には気をつけるんだよ。
血というものがあるんだから……」
「うん」
 病室にもどった父親が「あしたは看護師さんにご飯を食べさせてもらってく
れな。台風がきてて外に出るのは辛いだよ。今でもやっと来てるだから」と言
った。
「いいよ。あしたはおれがやるから」
 わたしが言うと母親は目でうなずいた。四十分ほどの見舞いだった。

「おれは片肺がないのに、この年まで生きられとは思わなかった。親父は八十
で死んだだよ。もうその年を越えた。『ここまで生きてこられたのは煙草を吸
わないおかげですよ』と医者に言われたさ」
 父親が突然わたしに言った。
 エレベーターは二人だけだった。
 父親には片肺がない……。
 わたしは愕然とした。
 わたしがアルコール依存症のために強制送還された二十年前『私も若い頃に
胸を患いまして』と、父親はわたしに同行した兄弟弟子に言った。初めて聞く
告白だった。
 そのために父親は出征せず、劣等感となり、指名手配の犯人のように人目を
避け、世の中をおびえて生きてきたのではなかったか……。わたしはその時、
酒で朦朧とした頭でも、そう推理した。父親は戦争番組を極度に嫌っていた。
 しかし本当に片肺がないとは知る由もなかった。病人の前でも平気でため息
をつくように、父親のため息に、わたしは子供の頃から馴染んできた。だがあ
れはため息ではなく、片肺患者の日常の深呼吸なのかもしれなかった。
 肺結核に冒された作家が「悪い文章を読むと黴菌がうつるような気がして、
とても最後までは読めない」と言ったことがある。わたしが見続けてきた父親
の姿はすべて片肺のなせる肉体的後遺症なのかもしれなかった。父親は世の中
の黴菌から自分を守り続けて生きてきたのかもしれなかったー。

 病院から帰宅後、わたしは父親と将棋を指した。わたしから声をかけた。三
番立て続けに負かされた……。

                        
                                                 
 

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