愛山の講談私小説シリーズ 母の最期(6)

 

母の最期

 

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 義妹からの電話は夕方にあった。わたしは陽平の稽古を終えた後、散漫な意
識で、テレビのオリンピックを観ていた。
「お母さんが苦しがって、今お父さんと小崎さんが病院に駆け付けました。う
ちの主人も仕事の後に向かいます。お兄さんも、もうそろそろ……」
「わかりました。明日の始発で行きます」
 電話は台所にある。座敷に戻ると、陽平が電話の邪魔をしないようにテレビ
を消していた。すでに、今日のおれは電話待ちだから、とは話してある……。
「やはり明日故郷へ帰ることになった」
「兄さん、このたびはまことにご愁傷さまでございます」
 陽平は膝を正して言った。
「バカヤロー、まだ死んじゃいねえ」
 わたしは笑いながら怒鳴った。
「あっ、どうも申し訳ありませんでした」
 陽平は胡座に組み替えた。
 そして「これからですか」と付け加えた……。

 その日は弟弟子の陽平に「徳川天一坊」を教える日だった。八代将軍吉宗の
落胤を騙る天一坊の破滅を描くこの演目は大岡越前守が登場する金襖物として
講談の中でも最高難度の読み物で、真打に昇進したのが昨年の秋、新作を多く
手がける陽平に、わたしは古典の大きな課題を与えた。二代目品川陽山一門の
お家芸でもある。
 五人の客を相手にした独演会を終えて二た月余り、わたしは後輩たちの稽古
に没頭した。わたしはすべてを忘れたかった。
 ー陽平は手土産持参で現れた。安物でいい。稽古を受ける際の、この世界
の礼儀だった。
「すまないな。おまえにこんなことをされると胸が痛む。ところで家賃滞納は
二か月か?」
「いえ三か月です」
 陽平は明るい声で答えた。一流私大で哲学を専攻し、情報誌の副編集長まで
つとめた男が、今は講釈師でありながらガマの油売りやバナナの叩き売りの余
興をこなし、明日の米に困っている。
 わたしは悪化している母親の病状を説明した。
「お母さんはいつごろからお悪かったのですか?」
「おれが初めて聞いたのは弟の結婚式の時だった」
 母親が『母さんは糖尿でジュースが飲めないだよ。こういうところにはウー
ロン茶はないだかね』とわたしに訊いてきた。あれから十年、母親は糖尿病と
の闘いに疲れはててしまったのだ。市立病院に入院して三か月、背中の激痛か
らは解放されたものの、軽く足が上がる程度で、まだ腹水も溜まっている。
 だが外科で入院した母親の処置は終わっている。退院を迫られても、要介護
度四と認定された母親を受け入れてくれる次の病院を探すのは難しかった。
「だけどおふくろは内科病棟に移されたよ」
「それはどういうことなのでしょうか?退院を迫られていたんでしょう」
「退院はしたものの、その後また救急で運ばれてきたような工作を、医者がし
てくれたんじゃないかと、最初は思ったさ」
「でも違ったわけですね」
「ああ」
 二週間前の電話で、父親は『医者はもう匙を投げかげんで、強心剤を投与し
ないと言っただけど、おれにはそんなに悪いとは思えないだよ。そりゃ食べな
いし、意識もはっきりしてないけど、毎日見舞いに行ってるおれにはわかるだ
よ』と言った。
 しかしその段階で、母親は余命一週間と宣告されていたのだ。わたしはその
ことを義妹からの電話で知った。三日前のことだった。
「お父さんとしても辛かったでしょうね」
「そのことをおれに話すと、自分が崩れてしまうと思ったんだろうな。だから
希望的観測をしたんだ」
「……」
 わたしは故郷へ帰る準備を始めた。いくら母親が危篤だといっても仕事に穴
をあけるわけにはいかない。その日に備えて代演を入れなければならないのだ。
いちばん厄介なのは二日後に迫っている独演会で、自分の会に代わりを入れる
などとは思いもかけぬことだった。わたしは先輩の松尾星月に代終演を頼んだ
後、女流前座の楓に、もしもそうなった場合には、表に事情を書いた張り紙を
すること、入場料は半額にすることなど、細かな指示を与えた。
 そしてこの三日間、わたしは電話のベルに怯えた。満足に眠れない。食欲も
半分におちた。わたしの話を聞き「今日のお稽古はご遠慮しましょうか」とい
う陽平を、わたしは引き止めた。とにかく日常を処理していなければ、この大
きな不安感につぶされてしまう……。

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