陽平は帰った。明日の始発どころか、今から支度をすれば今夜中には故郷へ
帰れることはわかっている。しかし体が動かなかった。わたしは座椅子にもた
れると机代わりの炬燵テーブルの上に足を投げ出した。全身の血が引いている。
胃が爛れているようだ。頭をかきむしり、この現実から抜け出したいと切に思
う。
煙草を何本も吸い、コーヒーをがぶ飲みし、わたしはようやく立ち上がると
星月と楓に確認の連絡を入れた。そして喪服を整えた。
テレビのオリンピック中継をつけたまま、わたしは万年床に就いた。目をつ
むるとベッドで苦しんでいる母親の姿が目にちらつき、激しい焦燥感に苛まれ
た。寝られない。しかし起きてもいられない……。
待たぬ夜は明けやすい。一睡もできないまま、始発電車に間に合う時間にな
った。しかし肉体が、母親の死に向かう帰郷を拒否している。義妹に、そっち
に着くのは夕方近くになる、と電話を入れ、わたしはようやく動き始めた。す
でに昼近くになっている……。
スーツケースを片手に外へ出ても、足がふらつき、嘔吐感がある。うだるよ
うな暑さだ。百メートルほど歩くと靴擦れに襲われた。この日を予測してのこ
とではなかったが、数週間前に購入した合皮性の安物の黒靴。わたしは皮膚が
弱い。店員がわたしの大汗に驚いている。駅前の薬局で絆創膏を買うと、電車
の中で張った。両足の踵から血が出ている。意識が固まり、何も考えられない。
アパートを出てから三時間半、最寄り駅に着いても、ホームの端にある喫煙
コーナーで煙草を吸って、わたしは時間を稼いだ。母親と対面するのは一分一
秒でも遅いほうがいい。母親と対面することは、それはすなわち母親の死を認
めることになってしまう。
ー市立病院でバスを降りた。
母親の病室は整形外科の東病棟から内科の西病棟に変わっている。エレベー
ターを四階で降りた。義妹と四才の誕生日をむかえたばかりの甥にばったり会
った。二人は家に帰るところだった。
「あっ、お兄さん、ちょうどいいところで……」
義妹がわたしを病室まで案内した。個室だった。
父親がベッドのかたわらに付き添い、母親は医療機器とチューブに囲まれて
寝ていた。父親が席を譲り、わたしは母親の手を握った。
「母さん、一高だよ」
不覚にも涙声になってしまった。母親の酸素マスクの上の筋肉がすこし動い
た。驚いたような表情だ。わたしを意識したのだ……。そう思いたかった。酸
素マスクにつながるチューブの先に大きなフラスコがあり、水がゴボゴボと音
を立てていた。
「ずうっとこうだだよ」
父親が言った。
「うちの主人は仕事の後にすぐ来ますから……」
義妹がわたしのスーツケースを持って出て行った。
わたしと父親が病室に残された。
近しい肉親の死を待つ空間にあるのは沈黙だけだ。
父親はすこしずつ病室内を移動する。無意識だろう。
母親はゼーゼーと苦しそうな呼吸音を立てている。
わたしは時々呼びかけながら、母親の手を握り続けるだけだ。渋柿のような
感触……。
わたしは、ただ見ている。動けなくなり、このまま死にいく母親を、わたし
は、ただ見ている……。
時間の動きが感じられなくなった。義妹が弁当を作り持ってきてくれた。院
内に食べ物を持ち込むのは禁止事項のはずだ。だが構わない。母親の見ている
前で父親と食事をする。もう二度とできないことだ。母親はわたしと父親が将
棋を指す姿を見ただけでご機嫌になった。
疲労困憊した父親が自転車で先に帰った。それから数十分。会社を退けて現
れた弟と入れ替わって、わたしは病院を出た。義妹が車で迎えに来てくれた。
絆創膏を張っても、靴擦れしたところが、まだ痛んだ……。
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