「うちの主人が先生に訴えて、先生が酸素の量を調節したんですって。そうし
たらお母さんは急に眠って……。今までは苦しがって本当に寝られなかったん
です。でもそうなったらそうなったで、お母さんはけっして寝ているわけじゃ
なくて、もう瞼を開ける力もなくなってしまったんじゃないかって、うちの主
人は言うんです」
一日に何度病院へ足を運んでいるのか……。深夜に母親の様子を看に行った
義妹がわたしに報告した。わたしは布団に寝転がっていた。わたし用の部屋に
は写りの悪い小型テレビが置かれてある。しかしオリンピックは気休めになら
なかった。男子マラソンを妨害した者がいるようだ……。
「わかりました」
わたしは煙草を吸い終えると冷たい物を飲みに台所に向かった。台所の前が
両親の部屋だ。引き戸がすこし開いていた。冷蔵庫を開けようとした瞬間、父
親が畳の上の椅子に座り、母親の葬儀用の写真を選んでいる姿が目に入った。
父親は震える手で、目を細めながら、祭壇に飾る母親の写真を選んでいる……。
この世から母親がいなくなるという現実が目前に迫っていた。
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