愛山の講談私小説シリーズ 母の最期(9)

 

母の最期

 

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 よく晴れた日だった。今日も間違いなく暑くなる。わたしは徹夜で看護につ
いた弟に代わった。
「こんなんじゃ寝られないよ」
 弟は簡易ベッドを畳みながら笑った。しかしもはや看護の役は立たない。看
護師が二度入ってくると「トシさん」と呼びかけ血圧を計った。そして毛布に
隠れた母親の下半身から延びているチューブの先にあるビニール袋の小水をチ
ェックした。すこし血が混じっている。
『お母さんのおしっこが出なくなったら……二十四時間以内……だそうです』
 わたしは義妹に聞かされていた。
 小便出ろ。小便出ろ。母さん、オネショをするんだー。
 わたしは祈った。祈る以外にない。五十才をこえて家から死者を出すのは初
めての経験だった。時折母親の喉がかすれた音で鳴る。わたしは「母さん」と
呼びかけては嗚咽した。声を出すと涙につながる。医学的知識は何もない。た
だ酸素マスクにつながるフラスコの水のゴボゴボという動きが止まらないかぎ
り母親は生き続けるー。
 そう信じた。
 ー突然隣の部屋から「お世話になりました」という声が聞こえた。咄嗟に、
誰かが死んだな、と思った。やがて開け放したドアの向こうの廊下を老婆を乗
せたままのベッドが運ばれていった。多分倅なのだろう、死者に付き添う中年
の男と、わたしの目が合った。わたしは無言で頭を下げた。男は気がつかない
ようだった……。

 昼になり、父親と交替して、わたしは帰宅した。甥が向かいの家の女の子と
遊んでいた。
「パパは氷屋さんだ」
 弟は子供たちに氷をかいてやった後「そばでも食べる?」と、わたしに訊い
た。とても食べられない。わたしはインスタントコーヒーを煎れた。義妹は彼
女の実家に帰っていた。車で三十分ほどの距離だ。義妹の実家でも、その時に
備えていた。煙草を一本吸い終えると、わたしは畳に寝転がった。
 ー途端に両親の部屋にある電話が鳴った。
 弟が電話に出た。一言二言話した後、わたしの部屋をのぞいた。
「今、呼吸が止まったって」
「わかった」
 弟は外へ出ると甥の面倒を向かいの家に頼んだ。
「このオジチャン、だーれ」
 甥のガールフレンドが、わたしを指差して母親に訊いている。
「ショウ君のパパのお兄さんです。どうぞよろしく」
 わたしが答えると、少女は「知らない人とはお話ししない」と言って、甥と
共に駆け出した。

 ー一瞬の慟哭があった。
 喉が詰まった。
 母さんという声が涙で消えた。
 母親の様子がどうもおかしい。父親がナースコールを押そうとした瞬間「ト
シさん」と言って看護師が入ってきた。看護師は担当医を呼び、母親の死は確
認された。わたしにはわからなかった母親の微妙な変化を、父親は見すごさな
かったー。
「私の力がいたりませんで、まことに申し訳ございませんでした」
 担当医が深々と頭を下げた。色が黒くて精悍そうな、まだ若い医者だった。
「この先生によくしてもらっただよ」
 最期を看取った父親の言葉にあわせて、わたしと弟も頭を下げた。
「先生、直接の死因は何でしょうか」
 わたしが尋ねた。
「糖尿病からくる腎不全といってよろしいでしょう」
 義妹が駆け付けてきた。そして「お母さん何もしてやれなくてごめんなさい」と言
うと、
その場にうずくまった。義妹は六月に実母を亡くしている。
 平成十六年八月二十一日十二時四十五分、家族と、親友の小崎夫人に見送ら
れ、母親は旅立った。享年七十八才。わたしの独演会の当日だった。

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