愛山の講談私小説シリーズ 出身地(4)

 

出身地

 

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まだ正月の余韻を引きずっていた。弟夫婦は甥を連れて義妹の実家に行って
いた。車で三十分の距離だ。台所に夕食の支度がしてある。わたしは荷物を置
くと父親の部屋を覗いた。膝が悪い父親は畳の上の椅子に座り、テレビを見て
いた。母親の写真が飾ってある。
「これ……佐野の写真を撮ってきたから」
 わたしはベッドに座り、写真を差し出した。入院前の母親が寝たきりでいた
ベッドだ。
「あ、そう」
 父親はすこし驚いたような表情を浮かべると、眼鏡を取り出し、震える手で
写真をめくり始めた。
「これは城山で、ここは駅前の通りだろう……。ずいぶん変わっただだな。市
役所しかわからない。この道は?」
「母さんの実家の前の道だよ。そしてその次が叔父さんたちの今の家」
「……これは春日岡だな」
 春日岡は厄除け大師の別称だった。
「このラーメン屋は?」
「越中君の店さ」
「ああ、そうか。この隣の藤沢さんとは仲がよかったさ。元戦車兵で、よく可
愛がってもらった……。春日八郎に似ていて、いい男だっただよ。とっても器
用で、将棋の駒を作ってもらった。それは今も持ってるだよ。この越中君の前
の銭湯は今もやってるだか」
「うん」
「この銭湯の親父は義太夫好きで、月に一度は会をやっていた……。この八百
屋も懐かしいな。まだやってるだな……。この家は金貸しをしていて……。こ
れが我が家か」
「表の神社はそれほど変わってないよ」
「ああ、そうだだな。この銀杏の木も懐かしいな。半分に切られちゃっただな」
「そのピンクの窓は美容院だよ。母さんがよく行ってただろう」
「ああ。ここの主人は同級生だだよ。そしてこの前のお茶屋に奉公に行っただ
よ。昔は子供にも働かせたから……。とっても嫌だったなあ」
「その次は映画館の跡だよ」
「いや違う。これは芝居小屋だだよ。よく浪花節がきて、子供の頃に通ったさ。
三門博が好きだっただよ」
 父親は、いつも母親に語る調子で、わたしに話した。しかし、どうしてこの
佐野の写真を母親にも見せてやれなかったのか……。わたしは新たな自責の念
に苛まれた。そして、今度は母親の写真を持って佐野に行こう、母親に佐野の
町を見せてやろう、と思った。
 母親の写真は、父親が管理している。わたしはアルバムを手繰った。そして
一枚のスナップ写真に目が釘付けになった。それは何の変哲もないスナップ写
真で、横向きに立った母親が、顔をカメラに向けている。問題はその日付だっ
た。
 ……ウダツの上がらない芸人人生に嫌気がさしたとこともあるが、子供の頃
から続く鬱気分が直接の原因なのかもしれない。わたしは二十代半ばでアルコ
ール依存症に冒され、師である二代目品川陽山から故郷へ帰された。治療のた
めだ。実家にも迷惑をかけ続けたが、その写真の日付は、わたしが強制送還さ
れる前月のものだった。まもなく長男がアルコール依存症のために強制送還さ
れてくるなどとは夢にも知らず、母親はカメラに微笑んでいた。胸がつまった。
さすがにこの写真を持ち帰ることはできない。わたしは帽子をかぶり、電車の
座席に坐っている母親の写真を選んだ……。
「それは小崎さんたちと旅行に行ったときのものだだよ。いつ撮ったかは忘れ
ちゃったけどな」
 そして父親は「風呂から上がったら、藤沢さんの駒で将棋を指そう」と言っ
た。

 母親の写真を、越中も、安岡の母親も喜んでくれた。泊まっていけとすすめ
る叔父夫婦の誘いを断り、佐野から日帰りすると、夜遅くに新聞社の元演芸記
者から電話があった。面識はないが、名前だけは聞いていた。
「今度ね、静岡出身の芸人たちで県人会組織を作るんだけど、あなたも協力し
てくれないかな」
「でもわたしの生まれは栃木ですよ」
「小学校から高校までは?」
「それは静岡ですけど」
「本籍は?」
「静岡に移してあります」
「それだったら問題ないよ。参加してよ」
 ー本籍や学校の問題ではない。出身地とは自分の血が流れている土地をい
う。そのことにようやく気がついた。この電話がきっかけになった。あの寂れ
た佐野の町が、わたしという人間を作ってくれたのだ。今まで経歴を詐称して
いたような違和感が消えた。
「せっかくですがお断りします。今まで静岡出身といってきて、静岡には大恩
を感じていますが、やはりわたしは栃木県の出身です。これから死ぬまでは出
身地の本来の意味に戻します」
「ああそう。ずいぶん堅いね。もっと融通を利かせればいいのに……。でもま
あ、それならそれでいいけどね」
 元演芸記者は気分を害したように電話を切った。

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